ダイアトニックコードを基本とした考察になりますので、
なんだそれ?という方は当サイト内”作曲の基本”のページを先にご覧下さい。
本文中、ダイアトニックコードはD.T.C.と略しています。
AKB48「大声ダイヤモンド」(コード進行解析題材曲)
一寸の光陰、軽んずべからず。
当サイトの理論記事では最多3回目の登場になるAKB関連の曲。
アイドル曲ばかり選ぶにあたっては色々悩んだのですが
この切れ味を解説しないのは勿体無い、という事で
アイドル偏重と誤解される覚悟で決定しました。
この曲は2008年発表の楽曲です。
当時の筆者はジャズ業界での演奏に偏っていたため、
”ジャズ風”のJ-POPではSMAPは好きかな、程度の認識でした。
それを覆し、ちゃんと歌モノに携わろうと
方向転換させてくれたのがこの曲。
今振り返れば、筆者はジャズの理論を習得しつつも、
結局はジャズの世界の中でしか活用出来ていませんでした。
この曲のお陰でJ-POPをちゃんと解析出来る様になったのです。
このページではAメロ~Bメロ~サビの3つに分けて説明します。
キーはkey=Dなので、D.T.C.は以下の様になります。
3声 D G A Bm
4声 Dmaj7 Em7 F#m7 Gmaj7 A7 Bm7 C#m7(b5)
それでは「大声ダイヤモンド」、解析していきましょう!
Aメロ -林檎は常に下に落ちる、気持ちは?-
Ⅵm→Ⅱm7→Ⅴ7というちょっと暗めのイントロから、
まずはAメロ。コード進行はこんな感じです。
D A/C# |Bm D/A |G F#m7|Em7 Asus4 |
Ⅰ Ⅴ/3rd|Ⅵ Ⅰ/5th|Ⅳ Ⅲm7|Ⅱm7 Ⅴsus4|
G F#7|Bm7 E7 |Em7 A7|Dsus4 D
Ⅳ Ⅲ7|Ⅵm7 Ⅱ7 |Ⅱm7 Ⅴ|Ⅰsus4 Ⅰ
前半は当サイトで何度も解説しているカノン進行。
後半のコードワークに注目してみましょう。
特にセカンダリー・ドミナントの使い方が見事です。
F#7(Ⅲ7)が暗い暗示、短調への進行感を生みますが
到着した先がBm7(Ⅵm7)→E7(Ⅱ7)で
長調のツーファイヴ(key=A)になるため、暗くなり過ぎません。
歌詞の方も”心のモヤモヤが消えて”と見事にリンクしています。
次の流れは非常にジャズ的なのですが
E7(Ⅱ7)がEm7(Ⅱm7)、つまりD.T.C.に戻ります。
同じ最低音でD.T.C.からノンダイアトニックに行く形は
幾つか当サイトで紹介しましたが、
辻褄さえ合えばノンダイアトニックから戻る形も問題なく使えます。
この曲の場合の辻褄は”大切な物が見えた”という歌詞でしょう。
E7(Ⅱ7)からA(Ⅴ)に行っても、
E7(Ⅱ7)からAsus4(Ⅴsus4)→A(Ⅴ)に行っても
メロだけを見れば実は全くもって問題有りません。
しかし、Ⅱm7に戻ることでツーファイヴからのⅠ、
Em7→A7→Dの流れが生まれ、
明るい前向きな方向へ”強く”進む進行感が
歌詞としっかりリンクしています。
この曲の詞はおそらく後から付いたと思うのですが、
作編曲者としては詞の説得力の強さで
コードを扱い分ける意識を持って貰えればと思います。
現実世界と違い、コードワークで重力は操れます。
調の重力を多く取り入れれば強く重く濃く、
浮遊感を意識すれば弱く軽く淡くなる。
非常に大事なポイントです。
Bメロ -1.6秒、長く思うか、短く思うか-
Aメロ最後でsus4を経てしっかりⅠ(D)に着地し、
Bメロに入ります、コード進行はこんな感じ。
F#m7|Bm7 |F#m7 F#7|Bm7 |
Ⅲm7|Ⅵm7|Ⅲm7 Ⅲ7|Ⅵm7|
Em7 |F#m7 |Gmaj7 |Asus4 |A7
Ⅱm7|Ⅲm7 |Ⅳmaj7|Ⅴsus4|Ⅴ7
曲に寄りますが、特にJ-POP的な楽曲では
Bメロでの展開が大事になってきます。
サビで曲の趣旨を高らかに歌い上げるための助走ですね。
前半部分ではⅢm7(F#m7)→Ⅵm7(Bm7)という
短調=暗いけれど悲壮感は無い、
何ともモヤモヤした若者風の恋愛感を仕上げています。
途中でコードがF#7(Ⅲ7)、メロが実音でラ#に行くことで
気持ちの真剣味も加えつつ。
後半の順次進行を経て、この曲の最重要ポイントが来ます。
まずは意識せずにサビまで楽曲を聞いてみて下さい。
…サビで転調している事に気付きましたか?
もし絶対音感が無く気付けたなら、
かなり耳が良いと思って良いと思います。
何故なら、この曲は約1.6秒で転調しているからです。
(原曲はBPM=85、一分間に85拍のテンポで1拍での転調)
まず理論的な手法を端的に解説します。
7~8小節目でのA7sus4(Ⅴ7sus4)のキメを経て、
A7(Ⅴ7)をピヴォット・コードにしてkey=F(Dm)の同主調に転調。
転調の直前に実音でラシド#レミファソというフレーズを弾き
key=Dの3つ目の音(F#)をkey=Dmの3つ目の音(F)に
瞬時に転換しメジャをマイナーに転調させている。
上記の解説で凄さが判って貰えれば幸いですが、
もう少しだけ詳しく説明しましょう。
まず、key=Dとkey=Dm(F)は同じⅤ7(A7)を持っています。
逆に言えばA7からはDにもDmにも強く進行する。
この転調先でも働けるコードがピヴォット・コードです。
次に、曲で用いられる音をA7基準でラから並べ、
中心になるレの音で一度区切ってみます。
転調前のkey=Dの音列は ラシド♯|レ|ミファ♯ソ
転調後のkey=Dmの音列はラシ♭ド|レ|ミファソ
この曲でのA7での音列はラシド♯|レ|ミファソ
A7(Ⅴ7)で使われている音列が前半は長調、
後半は短調になっている事が分かります。
つまりはレを中心に長調と短調が入れ替わる、
多重人格な音列になっている訳です。
この、音列の”後半だけで”同主調に転調する様を、
1.6秒での転調と表現しました。
ジャズのアドリブ理論を知っている方は
この音列を特別には思えないかも知れません。
しかし、”深く”知っている方ならば
ポップス曲にこの音列を持ち込んだ選択の妙、
仰々しく言えばトニックマイナーに”HMP5↓”を選ばず
音列の後半だけで転調させた切れ味に
首肯いただけるのではと思います。
サビ -音楽とは芸術、歌とは人間-
Bメロで書いた通り、同主調に転調してサビに。
まずはkey=Dm、つまりkey=FのD.T.C.から。
3声 F Bb C Dm
4声 Fmaj7 Gm7 Am7 Bbmaj7 C7 Dm7 Em7(b5)
コード進行はこんな感じです。
Bbmaj7 C |Am7 Dm7 |Bbmaj7 C |Am7 A7 Dm7 |
Ⅳmaj7 Ⅴ|Ⅲm7 Ⅵm7|Ⅳmaj7 Ⅴ|Ⅲm7 Ⅲ7 Ⅵm7|
Bbmaj7 C |Am7 Dm7 |Gm7 Am7 |Bb Am7 Bb C
Ⅳmaj7 Ⅴ|Ⅲm7 Ⅵm7|Ⅱm7 Ⅲm7|Ⅳ Ⅲm7 Ⅳ Ⅴ
当サイトの楽曲解説では幾度と無く書いていますが、
メロがコードに対してどの高さに置かれるかで
非常に楽曲のニュアンスは変わってきます。
この曲ではBメロ最後の上昇する音列はラの音で終わり、
それはサビ最初のBbmaj7の7度として響きます。
maj7は上声にマイナー(この場合はDm)を持つ儚いコード。
Bメロ→サビの展開は切なくさせるマイナーへの同主転調。
歌われる言葉は”大好きだ”。
…どうでしょう、日本語で歌われるポップスとして、
1.6秒の転調の勢いから繰り出される展開として、
少しばかり心打たれるのは筆者の偏った趣向でしょうか。
単純に進行の技法としても、
マイナーへの同主転調を経た後に
切なくも強い”王道進行”を選ぶのは
まだまだメジャーでは無いですが、定番に成り得る好選択。
暗い方向、切ない方向に転調した時ほど
強いコード進行が合うというのは頭に入れておくと良いでしょう。
瞬間的な転調から勢いが有る進行へ繋ぐ、
見事な連携がこの曲では繰り広げられています。
ただ、個人的にこの曲の転調技法の最も素晴らしい点は、
1.6秒で転調したメロが”恐ろしく歌いやすい事”だと思います。
サビの入口のメロディが実音でラで有る事は上記しましたが、
その後サビのメロディはレに下っていきます。
ラとレ、A音とD音はkey=Dでもkey=Dmでも共通しています。
そして最初のラにはラシド♯レミファソと綺麗な音列で向かっている。
歌い手がこんなに歌いやすいメロディが有るでしょうか。
転調しているにも関わらず勢いを持ってサビの一音目が歌える、
これなら歌い手は歌詞に感情を幾らでも込められます。
歌う度に自信を持って”大好きだ”と叫べる訳です。
技法を学べば楽曲は幾らでも複雑化出来ます。
ですが、歌モノの主役はいつだって歌なのです。
五線譜上でどれだけ美しくても人間が歌いにくい曲は
ピッチ修正の効かないライブでは映えない傾向に有ります。
(特に機械的に付けたハモリを歌う際に目立ちます)
終局的には人間がふと歌いたくなる曲こそが
最高の歌モノなのではと筆者は思います。
ベートーヴェンの「歓喜の歌」、
プッチーニの「誰も寝てはならぬ」、
ヴェルディの「乾杯の歌」、
振り返れば、過去には誰もが口ずさみたくなる様な
素晴らしいサビを持った”ポップス”が幾つも有りました。
時が過ぎてしまい、今では”クラシック=古典”と
悲しい名を付けられてしまいましたが。
当然ながら歌い手にピッチの良さなど
技量を追求していって貰うのも大事な事です。
同時に、作曲の時点で”歌”として完成させるのも
歌モノ作りには非常に大事なことです。
少なくとも作曲家自身は口ずさみたくなる、
そんな曲を書く意識を大事にして下さい。
当サイトではJ-POPと洋楽の名曲を
コード理論から解析したページを多数掲載しています。
ぜひ他の楽曲の解説もご覧ください。