J-POPのコード進行パターン 8|BUMP OF CHICKEN「ファイター」

※このページはJ-POPの楽曲解析をしています。
ダイアトニックコードを基本とした考察になりますので、
なんだそれ?という方は当サイト内”作曲の基本”のページを先にご覧下さい。
本文中、ダイアトニックコードはD.T.C.と略しています。

BUMP OF CHICKEN「ファイター」(コード進行解析題材曲)

深く星を愛せば、夜に怯える事など無い。

作曲の手法の一つに、アテ書き(宛書)という物が有ります。
これは、最初から楽曲で描く対象を決めて、
それをどう表現しよう?と曲付けしていくというもの。
個人的に凄く好きな手法なのですが
歌詞も自分で書くシンガーソングライターの修行に最適なのは勿論、
作曲の際のコード付けにも非常に有用です。
コード付けの場合には宛先を”シチュエーション”にしてみましょう。

例えば背景を海に絞っても、
皆で騒ぐパーティー、海辺のカフェのデート、
一人で見つめる晩秋の海、冬の日本海など様々。
その情景を描く事を優先してコードを付けてみると、
自分の中の正解、基準が生まれてコード選択がし易くなりますし
結果として宛先が無い曲を作る時にもコードの幅が広がります。

今回紹介するのはBUMP OF CHICKENの「ファイター」。
この曲は羽海野チカ「3月のライオン」という漫画に宛てた曲で、
作者公認のコラボ曲です。
孤独で内気な少年が将棋の世界で必死に戦い、
守るべき人、愛すべき人達を見付けていく
その姿を歌詞も含めて完璧に描き切っています。
漫画好きで未読な方は是非読んでから聞いて貰えれば幸いです。

多少無粋かと思いますが、情感に訴える曲ほど技法を学ぶべき。
アテ書き曲の屈指の名作ですし、思い切って解析してみましょう。

このページではAメロ~Bメロ~サビ~Cメロの4つに分けて説明します。
キーはkey=Dbですが、バンプ楽曲は半音下げが基本の様ですので
今回はkey=Dとして扱います。D.T.C.は以下。

3声 D G A Bm
4声 Dmaj7 Em7 F#m7 Gmaj7 A7 Bm7 C#m7(b5)

それでは「ファイター」、解析していきましょう!

Aメロ -単純、その困難で勇敢で力強いもの。-

まずはAメロ、コード進行はこんな感じです。

G(9) |Bm7 A
Ⅳ(9)|Ⅵm7 Ⅴ

イントロからAメロにかけて、
この2小節が延々繰り返されるのですが、
個人的にこのコード進行はとても好きです。

G(9)はG-B-D-A、Bm7はB-D-F#-Aが構成音になり、
Ⅳ(9)の浮遊感も手伝って、茫洋としながら物悲しい
何か虚しい世界を描いています。

この2つの繰り返しでも十分美しいのですが、
2小節目に置かれたA(Ⅴ)、このコードがポイント。
Ⅴは3声のドミナントで進行感を司りますが、
作編曲に慣れてきた結果、Ⅴの分かりやすい響きが
お洒落じゃなく思えてきている人も居るのでは?
(筆者のレッスンでは過去何人も居ました)

これは非常に勿体無いことです。
Ⅴには、素朴ですが、それだけに真っ直ぐな力が有ります。
この曲のAメロは一番で”空っぽの鞄をぎゅっと抱えて”、
二番で”冷たかった胸に陽だまりが出来た”と歌われますが、
ドミナントの力強さ(”ぎゅっと抱えて”)
長調への明るい進行感(”陽だまりが出来た”)
どちらも上手く利用しています。

確かにⅤは作曲の初心者が多用するコードなので
耳でも聞き飽きているかと思います。
ただし、コードは進行や曲調で組み合わさって使われるもの。
合っている時は潔く選んだ方が力強さを利用できます。
この曲でもメロディとぶつかっている部分は有りますが、
Ⅴsus4などに逃げなかった結果、
「ファイター」として生きる意志力を感じさせています。

Bメロ -恋する”と金”打ち-

Bメロに入ります、コード進行はこんな感じ。

Em7 |D/F# |G(9) |Asus4 A
Ⅱm7|Ⅰ/3rd|Ⅳ(9)|Ⅴsus4 Ⅴ

Em7 |D/F# |G E7/G# |Asus4 A
Ⅱm7|Ⅰ/3rd|Ⅳ Ⅱ7/3rd|Ⅴsus4 Ⅴ

2、6小節目をF#m7(Ⅲm7)ではなく
D/F#(Ⅰ/3rd)にしたクリシェ(順次進行)ですね。
サビに向けて高揚感を演出すると同時に、
歌詞も一番では強がって抗う姿を描き、
二番では暖かさに触れて心が解けていく姿を描きます。

個人的には当サイト内で以前紹介した
「恋するフォーチュンクッキー」を思い出しました。
あの曲も穏やかなAメロからBメロで気持ちが動き出し、
Ⅱ7経由でカノン進行に…って先にネタバレしてしまいましたね。

この曲と”恋チュン”ではジャンルやメロは全く違いますが、
綺麗なコード進行というのは或る程度似た点を持っています。
それは西洋音楽が何百年、ポップス音楽が何十年とかけて
”人間が思う普遍的な音楽の美しさ”を追求したからです。
メロ先で自作曲を書いたら典型的な進行が一番合った、
それはとても当たり前で、とても美しい事です。

そこから捻る事は他の人と違う音楽を書きたい、
違う事をしたいと思う上では非常に大事なことですが、
特に歌モノで大事なのは”歌メロが生きる”事です。
メロに細かく複雑なコード付けをしていくと
伴奏がそれに追随した結果(指定されたら追随せざるを得ません)、
当然ながらストレートな成分は薄まっていきます。

大事なのは何を伝える曲なのか、明確にする事。
ちゃんとそれが判っていれば人と同じでも構いません。
無理に変えて辻褄が狂う事と、知識が無くコードを間違える事、
本人の意識は違っても聞き手にすれば同じ”変な曲”です。

サビ -最後に残る、大事な言葉-

いよいよサビ、進行はこんな感じです。

D |D A/C# |Bm A |G A |
Ⅰ|Ⅰ Ⅴ/3rd|Ⅵm Ⅴ |Ⅳ Ⅴ|

D |D A/C# |Bm A |G |
Ⅰ|Ⅰ Ⅴ/3rd|Ⅵm Ⅴ |Ⅳ|

D/F# |G |Em7 D/F# |G |
Ⅰ/3rd|Ⅳ|Ⅱm7 Ⅰ/3rd|Ⅳ|

前半8小節はカノン進行の変形、
9小節目以降は順次進行の変形といった感じ。

カノン進行?と思う方も多いと思いますが、
このメロディラインは2拍ずつ弾くと見事にハマります。
牽強付会で言っている訳ではなく、
メロの構造として理解しておくべき、程度の話。

変形しているのにもちゃんと理由が有り、
トニックのⅠをたっぷり伸ばす事で
主人公の魂の救済と前向きに転換した心が歌われています。

また、字余り部分の9小節目からも美しいです。
8小節目のG(Ⅳ)を伸ばして、
9小節目のD/F#(Ⅰ/3rd)がそれまでのメロを受け止めつつも
3度ベースのオンコードで順次進行に橋渡しし、
上昇しながら歌詞では一番大事な言葉が置かれます。
”いくつも無くなった後に強く残った、一つ残った”と。

8小節単位のセクションに4小節足して
字余り的な展開を付けるのはポップスの技法として
非常に有効なテクニック。
この際、聞き手には自然なリズムからのギャップ、
違和感の様なものが生じます。
置く歌詞やメロディ、コードは特徴的な物を選ぶと
効果的に使えるかと思います。

逆に7小節にしたり8小節目を2拍、4/4から2/4にして
次のセクションに向かうテクニックも有ります。
これは次の展開を急がせたい時ですね。
次の歌詞、次のコードを早く聞いて!という効果が。

閑話休題、8小節目と同様に
12小節目のG(Ⅳ)も橋渡し的なコードです。
Cメロに向かいましょう。

Cメロ -揺るがないクリシェ、揺るがない強さ-

コード進行はこんな感じ。

A |Bm |A/C# |D |
Ⅴ|Ⅵm|Ⅴ/3rd|Ⅰ|

Em7 |D/F# |G |A
Ⅱm7|Ⅰ/3rd|Ⅳ|Ⅴ

”からっぽの~”からをCメロとしました。

前半はドミナント→トニックを繰り返す逆循の一種、
5小節目から上昇クリシェに向かいます。
また、大枠で見ても大きな上昇クリシェで
盛り上がりを見せていることが判る筈。
ですが、ここは歌詞に寄り添って付けた意図を強く感じます。

”からっぽの鞄は(A)”、”からっぽ(Bm)”のまま。
だけど”愛しい重さ(A/C#)”を確かに”増やしていく(D)”。
主人公が得たものが形あるものではなく、
精神的なものだというのがよく伝わります。

その形の無いものを大事にしたい、
形がないものだからこそ守りたい。
その気持ちが次のⅡm7からの上昇クリシェに乗ります。

”重くなるたび怖くなった、潰さない様に抱きしめた”

文面だけを見れば、例えば”怖くなった”をⅥm、
”抱きしめた”をⅠで表現して
王道進行を筆頭とした逆循環を付けてもおかしくない筈。
けれど、ここではコードに明確なトニックがなく
かつシンプルなクリシェで盛り上がっていくからこそ、
なんの確かさも無いけれど、守る為に戦う意思が感じ取れます。

さて、解説はここまでですが、いかがでしたか?
アテ書きの妙が多少なり伝われば幸いですが…。

今回の曲では「3月のライオン」という漫画の世界観を
描ききる為に技法の全てが使われています。

特にこの曲では歌詞も重要ですし、
メロではなく歌詞に寄り添うコード付けも間違いなく合った筈。
メロ、コード、歌詞のいずれかに比重を置くのではなく、
アテ書きの為、作品世界を描く為には全てが重要なのです。

そして、情景を描く際には技法が単純か複雑かなんて
どうだって良い些末な問題です。
恐れるのは知識不足で最適なコードが見付けられない事と、
技法を重視するあまり最適なコードを見失う事です。

本ページ中、何度となくの繰り返しになりますが、
技法が単純か複雑かは曲の良し悪しとは無関係。
迷った時には”どんな曲にしたいのか”を自問して下さい。
行き先も分からず即物的にコード付けしても、
それは暗闇を手探りで進むようなもの。
全体の方向性を見て、そのセクションで描きたい情景を見る。
ちゃんと見つめれば、指標となる光は見つかるものです。

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