ダイアトニックコードを基本とした考察になりますので、
なんだそれ?という方は当サイト内”作曲の基本”のページを先にご覧下さい。
本文中、ダイアトニックコードはD.T.C.と略しています。
花は咲くプロジェクト「花は咲く」(コード進行解析:題材)
良い音楽を最も表現できる言葉は、”沈黙”だ。
今回はNHK主導の震災復興ソングを扱います。
作曲は菅野よう子、名前の通り女性の作編曲家。
今の日本の音楽業界を支える重要人物の一人です。
彼女の特徴として、尋常ではなく多作家で有ること、
ジャンルを選ばない事では他に類を見ないことが挙げられます。
映画、アニメ、ゲームなど一作品につき
サントラが3~6枚も出ることもザラという常軌を逸した人物。
更に特筆すべきなのは、
ポップス、俗に言う歌モノでも曲のクオリティが変わらない事。
海外に目を向ければ特に映画やドラマに関わる作編曲家で、
他ジャンル多作家という観点で見習うべき人は割合多くいます。
(ハンス・ジマー、アラン・メンケン、クリストフ・ベックなど)
しかし、彼らは飽くまでも映画音楽の印象が強く
主題歌などは別アーティストに分業する海外ならではのスタイル。
そんな中、彼女の場合はその匙加減が非常に上手く、
”一万年と二千年前から愛してる”で物議を醸した曲を筆頭に
メインタイトルとなる主題歌を書くのもお手の物、
本当に歌モノを書くのが上手い人物で
音楽業界内でのファンも非常に多いです。
今回の楽曲は人の心を癒やす、皆で口ずさめる曲を、という
或る意味では最も作るのが難しいタイプの曲。
上手く解説出来るか正直言って不安ですが、
エッセンスに触れる事が出来れば、と思い取り扱う事にしました。
このページではAメロ前半~Aメロ後半~Bメロ~サビの4つに分けて説明します。
キーはkey=Fで、D.T.C.は以下の様になります。
3声 F Bb C Dm
4声 Fmaj7 Gm7 Am7 Bbmaj7 C7 Dm7 Em7(b5)
それでは「花は咲く」、解析していきましょう!
Aメロ前半
まずはAメロ前半、コード進行はこんな感じ。
F Bbm|F F7 |Bb F/A Gm7 Csus4 |F Csus4 |
Ⅰ Ⅳm|Ⅰ Ⅰ7|Ⅳ Ⅰ/3rd Ⅱm7 Ⅴsus4|Ⅰ Ⅴsus4|
F Bbm|F Bm7(b5) |Bb F/A Gm7 Csus4 |F Csus4
Ⅰ Ⅳm|Ⅰ #Ⅳm7(b5)|Ⅳ Ⅰ/3rd Ⅱm7 Ⅴsus4|Ⅰ Ⅴsus4
ピアノ伴奏の曲ですので、コードはかなり簡略化しています。
…にも関わらず、この美しさ。そして儚さ。
甘い痛みを感じさせるサブドミナント・マイナー(Ⅳm)を経て、
Bb(Ⅳ)からクリシェで下りてF(Ⅰ)に落ち着くのが基本構造ですが
唯一の変化、各段4つ目のコードが肝になるかと思います。
最初はF(Ⅰ)→F7(Ⅰ7)とセカンダリ・ドミナントで、
素直にBb(Ⅳ)に五度進行しています。素直=平和で聴きやすいサウンド。
それに対して二段目ではBm7(b5)(#Ⅳm7(b5))を使っています。
このコードは当サイト内の「GUTS!」のページで解説しましたが、
Ⅳmaj7の最低音が半音上がった形。
Ⅳ系ならではの浮遊感と”m7(b5)”という非常に不安定、不吉な響きが
ガラス細工の様な、壊れてしまいそうなサウンドを生みます。
是非、手元の楽器で両者のサウンドを弾き比べて下さい。
二回目の#Ⅳm7(b5)の時に胸が締め付けられる様な、
Ⅳmの甘い痛みとは違う切なさが感じられるかと思います。
Aメロ後半
続いてAメロ後半、コード進行はこんな感じ。
F |Bb/F C7 |同左|Fsus4 F |
Ⅰ|Ⅳ/5th Ⅴ7|同左|Ⅰsus4 Ⅰ|
F Bbm|Dm F/Eb |Bb F/A Gm7 Csus4 |F Csus4
Ⅰ Ⅳm|Ⅵm Ⅰ/7th|Ⅳ Ⅰ/3rd Ⅱm7 Ⅴsus4|Ⅰ Ⅴsus4
例によってコードはかなり簡略化したのですが、
前半部分の解釈は人によってかなり変わってしまうかなと。
一小節ずつF→Bb/C→C7→Fと弾いても鳴ってしまうのですが、
一応はピアノ伴奏に準拠してみました。
低音でファとドが鳴っている中で、
上の音がファラ(F)、ファシb(Bb)、ミシb(C7)と動く感じ。
最低音が上下しないので非常に穏やかなサウンドです。
その穏やかな響きを受け取ってAメロ前半のパターンの3回目。
また変化が起きていますね。
Dm(Ⅵm)でストレートな切なさを表現した後、
F7の代わりにF/Ebが置かれています。
コードの最低音をコード内の音に置き換える手法を
”転回形”、”オンコード”の様に呼びますが、
今回の場合はF7の7thを最低音にしたサウンド。(F7=F-A-C-Eb)
ただしEb音、つまりキーのシ♭の音が最低音のため、
F7に比べて非常にまろやかなサウンドになっています。
Dm(Ⅵm)の判りやすい切なさの直後に置く事で、
悲劇的になる事を避けている、かなりレベルの高い技術です。
Bメロ
Bメロに入りましょう、コード進行はこんな感じ。
F/C Gm7/C |F/C Gm7/C |
Ⅰ/5th Ⅱm7/Ⅴ|Ⅰ/5th Ⅱm7/Ⅴ| ×4回繰り返し
同じコードを敢えて二度書いたのには意味が有ります。
上で鳴っているピアノのサウンドが
ラド(F)→シ♭レ(Gm≒Bb)→ラド(F≒Am)→ソシ♭(Gm)
上記の様に動いているからです。
このサウンド展開はペダル技法の際に非常に有効な手段。
当サイト内の”恋チュン”の記事で紹介した、
キーの5度の音を連打する”ドミナント・ペダル”が
ここでは使われています。(key=FではC音の連打)
ペダル音が支配している中でD.T.C.をクリシェさせるのは
定番と言っていい常套手段です。
イントロや間奏で使うと世界観が変化するので、
手段として覚えておくと良いと思います。
ただし、この曲では恋チュンの時の様に盛り上げるのではなく、
穏やかな世界観の中に少しだけ風を吹かせている感じです。
それを示すように、全体ではⅤのサウンドをさせない様にしつつ、
後半部分でファミファドと伴奏で繰り返して
熱が高まり過ぎない様に抑えています。
サビ
まずはコード進行。
F Gm7 |F/A Bb|同左|Gm7 Csus4 C |
Ⅰ Ⅱm7|Ⅰ/3rd Ⅳ|同左|Ⅱm7 Ⅴsus4 Ⅴ|
F Gm7 |F/A Bb|同左|Gm7 Csus4 |F
Ⅰ Ⅱm7|Ⅰ/3rd Ⅳ|同左|Ⅱm7 Ⅴsus4|Ⅰ
…シンプルな進行ですが、これ以上無く美しいサウンド。
正直、解説するのが心苦しいです。
上昇クリシェなのは見て取れる筈ですが、
ポイントは開始地点になるかなと。
J-POPのBメロ終わりに良く置かれ、サビに向かう上昇クリシェは
Ⅱm7→Ⅲm7→Ⅳ→Ⅴが基本構造です。
サブドミナント系、つまり浮遊感の有るⅡm7の効果を
上昇クリシェに乗せて最高潮のⅤに行くサウンド。
それに対して、この曲ではⅠから始まってⅣに着地します。
実際に弾くと判りやすいかと思いますが、
扉が開いて、しずしずと進んでいく様な
穏やかなのに力強い進行感を感じませんか?
上下動の激しい進行に乗せて熱情を歌うのではなく
穏やかに、けれど確かに一歩ずつ進んでいく。
傷付いた大地にも、また花は咲くのだから。
そんな荘厳な強さを感じさせてくれます。
感情をテクニックで揺さぶるのは、
言葉を変えれば音楽家の使命の様なものです。
けれど、この曲からは浮ついた小賢しさではなく、
聞く人の為、歌う人の為に最高のコード付けを、という
真摯な気持ちを感じます。
一度、このページのコード解説を見返してみて下さい。
最初のコードは、いつも”Ⅰ”です。
誰しもが曲を書くたび当たり前の様に使う、
穏やかで、平和で、温かいメジャーコードのⅠ。
同業者が羨むような技巧を持ち、
幾らでもテクニックを見せつけられる菅野女史が
Ⅰのコードを何度も繰り返した理由は考えるまでも無い筈です。
複雑にすること、単純にすること、
歌詞や感情に寄り添うこと、敢えて情感を裏切ること。
そんな風に幾度と無く耕した技術の土壌に
或る日ようやく咲く一輪の花。
この曲の音楽面からは、
大地を愛おしみ、人間を愛おしみ、音楽を愛おしみ、
絢爛豪華ではないけれど力強く、そして限りなく優しい、
そんな一輪の花が咲いていく様子が受け取れるのではと思います。
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