※このページはJ-POPの楽曲解析をしています。
ダイアトニックコードを基本とした考察になりますので、
なんだそれ?という方は当サイト内”作曲の基本”のページを先にご覧下さい。
本文中、ダイアトニックコードはD.T.C.と略しています。
椎名林檎「丸の内サディスティック」(題材曲)
夜の女王の不埒な和音、Ⅲ7の世界
あるアーティストを表現する時、
定番のコード進行や技法が語られる事が有ります。
もちろんそれはマンネリに繋がる事も有りますが、
メロディや歌詞の世界観と合わせて
音楽を超えたアーティストの”色”として花開くこともあります。
椎名林檎のイメージとして、
一般的には太陽よりは月、穏やかさよりは過激さを感じると思います。
そこにはちゃんとコードの扱いの妙が関わっていて、
聞き取れる様になると”出たな林檎コード!”と
音楽の裏を読みながら楽しむ事が出来るのではと思います。
このページではAメロ~Bメロ~サビの3つに分けて説明します。
キーはkey=Ebなので、D.T.C.は以下の様になります。
3声 Eb Ab Bb Cm
4声 Ebmaj7 Fm7 Gm7 Abmaj7 Bb7 Cm7 Dm7(b5)
それでは「丸の内サディスティック」
略して丸サディ、解析していきましょう!
Aメロ -ふたつ目のドミナント-
まずはAメロ、コード進行はこんな感じ。
キメが入っていますが、イントロも同様です。
Abmaj7 G7 |Cm7 Eb Eb7
Ⅳmaj7 Ⅲ7|Ⅵm7 Ⅰ Ⅰ7
この2小節を2回繰り返します。
さて、いきなりノンダイアトニックコードが2つも。
Ⅲ7とⅠ7の2つですね。
このコードはそれぞれⅥmとⅣに向かうセブンスコードで、
3度の音が半音上昇したものです。
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コードの作りは基本的に下から順に
1度-3度-5度-7度と積み上がっていて、
3度の音の違いが和音の明暗、
つまりコードのメジャーとマイナーを分けています。
Ⅲ7の場合、D.T.C.のミソシレ(Ⅲm7)を
ミソ#シレ(Ⅲ7)に変えています。
(G7の場合、G-Bb-D-FがG-B-D-Fに変わる)
キー外の音が入るので当然ノンダイアトニックなのですが、
D.T.C.がセブンスコードに変化した時、
(セブンスは4声の意味ではなく、Ⅴ7、Ⅲ7の様に記される方)
”セカンダリー・ドミナント”という特別な名称が付きます。
これは、D.T.C.に向かう為に他のキーからⅤ7を借りてきた事を意味します。
丸サディのG7(Ⅲ7)の構成音が判りやすいと思います。
G-B-D-Fをイタリア語で読むとソシレファになりますよね?
これはkey=CのⅤ7そのもの。
この曲のCm7のC音を主音と見立て、Ⅴ7を借りてきている訳です。
2小節目の最後のコード、Eb7(Ⅰ7)も
セカンダリー・ドミナントです。
Abmaj7(Ⅳmaj7)に向かうためにkey=AbのⅤ7を借りてきた形。
セカンダリー・ドミナントになるには条件が有り、
Ⅴ7としてD.T.C.に向かえないといけません。
(※実際にD.T.C.に行く必要はない)
以下、全てのパターンを表記します。
Ⅰ7→Ⅳ、Ⅱ7→Ⅴ、Ⅲ7→Ⅵm、Ⅳ7→×、
Ⅴ7→Ⅰ(普通のドミナント)、Ⅵ7→Ⅱm、Ⅶ7→Ⅲm
Ⅳ7のみ、表記が×です。これはD.T.C.に向かえないため。
key=Cの場合F7になりますが、これはkey=BbのⅤ7と同一。
key=CでのBbはbⅦにあたってしまうため、成立しない訳です。
Bメロ -キーの裏の顔、短調-
Bメロに入ります、コード進行はこんな感じ。
Ab Bb|Ebmaj7 Gm7 |Ab Bb|Ebmaj7 G7
Ⅳ Ⅴ|Ⅰmaj7 Ⅲm7|Ⅳ Ⅴ|Ⅰmaj7 Ⅲ7
Bメロに入って曲が明るくなったと感じませんか?
イントロから繰り返されたⅢ7を使わなくなった結果、
何か開放された様な印象を受けたのではと思います。
これは、長調と短調のケーデンスの違いによるものです。
当ページで”キー”と呼ぶ場合、長調を指しています。
ドレミファソラシド=長調ということですね。
それに対し、短調は英語ではマイナー・キー(minor key)と呼ばれ、
キーの6音目、ラから始めた時の音列を言います。
覚えるべき3声のD.T.C.にⅥmが有るもこの理由。
一つのキーの中には明るく落ち着く部分(ド)と
暗く落ち着く部分(ラ)が有る訳です。
長調短調の違いは始める音だけなので、
”平行調”とも呼ばれています。
見つけ出すのは簡単で、Ⅵmがイコール短調。
key=Cの短調はkey=Am、key=Ebの短調はkey=Cmとなります。
続いて、ケーデンス(終止形)とは、
曲が盛り上がって落ち着くまでの流れの事を言います。
盛り上がりは不安定さ=ドミナント的な効果
落ち着きは安定感=トニック的な効果とも言い換えられます。
終止形には幾つかのパターンが有りますが、
代表的なものはⅡm7-Ⅴ7(ツーファイブ)でしょう。
Ⅰに着地すると、綺麗に盛り上がって落ち着く流れが聞き取れる筈です。
AメロではCm7を着地点にbⅥmaj7→Ⅴ7→Ⅰm7という短調の終止形
(長調で書いた場合はⅣmaj7→Ⅲ7→Ⅵm7)
BメロではEbを着地点にⅣ→Ⅴ→Ⅰという長調の終止形
この2つの終止形の違いが、
AメロとBメロでの印象の大きな違いに繋がっています。
一方は暗く、一方は明るく、
盛り上がり→落ち着きという流れを完成させていると。
ただし、この曲での短調の終止形は不完全と言えます。
それは最後がⅠmではなくⅠm7だからです。
暗く落ち着く為の終止形を使っていても、
最後のマイナーコードの暗さが緩和されています。
あまり暗すぎると演歌調や悲劇的な曲になるので、
あくまで短調”風”に留めている訳です。
さて、長調の終止形を繰り返した後、
サビ直前にⅢ7が再び置かれている事にお気付きでしょうか。
いよいよ、椎名林檎らしさの核心に触れます。
サビ -危険な匂いを香りだけ-
サビ部のコード進行はこんな感じ。
Abmaj7 G7 |Cm7 Eb Eb7
Ⅳmaj7 Ⅲ7|Ⅵm7 Ⅰ Ⅰ7
…イントロおよびAメロと同様。
曲自体は非常にシンプルな作りです。
サビでのポイントは、
Bメロ最後のⅢ7からサビへの繋がりです。
ここのⅢ7は終止形にならずにⅣへ進んでいます。
AメロとBメロの繋がりのⅠ7→Ⅳの綺麗な解決とは大違い。
にも関わらずBメロの長調らしい世界から
短調風の世界に見事に戻しています。
このセカンダリー・ドミナントの使い方が椎名林檎の特徴です。
ドミナントやセカンダリー・ドミナントに代表される
セブンスコードは、内部に不協和音を持っていて
その不安定さは次のコードに解決したがる効果を産んでいます。
手元に楽器が有ればファとシの音を同時に鳴らして下さい。
この音がセブンスコードに含まれる不協和音です。
その後にファを半音下げてミ、シを半音下げてド、
ファシ→ミドという風に和音を続けて鳴らすと
2声だけでも不安定→安定という響きが生まれます。
この解決したがる効果に、キーの印象および
そこから自動的に生まれるD.T.C.の印象が足された時、
人間の感覚はある種の錯覚を起こします。
不協和音をキーの自然な和音=D.T.C.に解決して欲しいと思い、
セブンスコードに行き先のD.T.C.の印象を上乗せしてしまうのです。
実際には解決していない段階からでもです。
このキーの印象から先の展開を感じ取ってしまう現象を、
”調の重力=トーナル・グラビティ”と呼んだりします。
Ⅲ7の行き先はⅥm、つまり短調の響き。
実際にはⅥmには行かなくても、
曲の中に暗さ、切なさ、危険さを匂わせる。
…もうお気付きですね。
椎名林檎はこのⅢ7がもたらす短調の”香り”を
曲中に散りばめているのです。
丸サディと並行して近年の「NIPPON」という曲や
SMAPに提供した「華麗なる逆襲」を聞いてみて下さい。
様々な部分から暗い匂いを感じ取れる筈です。
もちろん全ての楽曲に使われているとは思いませんが、
代表曲として良く知られる「本能」「歌舞伎町の女王」
「幸福論」では全て使われています。
曲中に短調の響きを匂わせるⅢ7、
作編曲の際に使いこなせると
刺激的な味わいが足せるのではと思います。
最後に筆者が面白いと思ったⅢ7の紹介を。
no3bの「ペディキュアday」という曲のサビの5~8小節目で
Ⅱm7→Ⅲm7→Ⅳ→Ⅲ7と進むのですが、
歌詞が「女の子ってわかりやすい」となっています。
この歌詞を、女性がⅢ7の入った進行で歌った結果
短い文脈で女心の複雑さを見事に表現出来ているなと。
確かに男心の場合はⅡm7→Ⅲm7→Ⅳ→Ⅴの
単純な上昇クリシェの方が合うんだろうなあ…
そんな風に苦笑させられた佳曲です。
こういった細かい部分にスパイスが利いた楽曲は、
全体を見ても構成や使われる技法に気が利いているもの。
一度解析してみると面白いかと思います。
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